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横須賀のお土産、頂きました😊

先週、小学生の生徒から横須賀のお土産を頂きました。お兄様の大学祭に行った帰りに、ペリー博物館に寄ったとのこと。その時のお菓子だそうです。玉子せんべいとプリンサブレ、美味しかったです\(^^)/           週末、ゆっくり紅茶を飲みながら、堪能させて頂きました。どうも有難うございました🍀

ところで、生徒がペリー来航に関する資料(ペリーの肖像画、黒船の絵など)も持って来てくれました。何枚かあり、他の生徒と回し読みしてるうち、歴史談義に花を咲かせた次第です😊



『泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)、たった四杯で夜も寝られず』

これは、当時詠まれた狂歌(日常の出来事を詠む風刺的な詩)です。中学校で習いましたよね(*^^*)

1853年、ペリーはアメリカ大統領の日本開国を求める国書を持ち、浦賀にやって来ました。軍艦(黒船)4隻を率いて。       幕府がYesと言わなかったため、翌年は9隻もの軍艦で再来航しました。結果、日米和親条約は半ば強硬的に結ばれたのです。これにより、日本は200年以上続けてきた鎖国を解き、開国に舵とりを変えたという訳です。


その後、近代化が一気に進んだのは言うまでもありません。。先がけとなったのは、横浜と神戸です。                「どうしてなの? 先生。(Kちゃん)」            「横浜は港を開いたからです。それにより、外国から珍しい品物が入ってくるようになりました。その品物を売ったら儲かりますよね? お金の集まる所に人も集まってくる。結果、商人や外国人も移り住み、どんどん発展していったのです。また、機械や部品が輸入されたおかげで、鉄道・電気・ガス灯のインフラも整備されました。このことも大きな発展に繋がったのですよ。」

「もともと、横浜は半農半漁の寒村でした。現代はビルやマンションが建ち並んでるから、想像できないでしょう? でも、ほんの170年前は田畑だけ広がる村に過ぎませんでした。それが、日本最大の貿易都市に生まれ変わるなんて、一体誰が想像したでしょうね。

ペリー来航は、西洋諸国のアジア進出を日本社会に強烈に印象づけました。それと同時に、進んだ技術力・国力の違いを見せつけられた日本人が意識を変える(目を覚ます)きっかけになった大事件だったのです。」         「なるほど、良く分かりました。(Kちゃん)」「それが明治維新につながっていったんですね。(H君)」


ペリー博物館には、当時の資料や黒船のジオラマ模型等が展示されてるそうです。     晩秋の休日、親子で歴史探訪するのも一興かも知れませんね😊


生徒&保護者の皆様、

いつも当塾に温かなお気遣いをしてくださり、誠に有難うございます。(合掌🍀)


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